大笹原神社の境内に鎮座する篠原神社は、古くから「餅の宮」の名で親しまれてきました。

現在の本殿は、室町時代の建築を伝える貴重な建造物で、国の重要文化財に指定されています。

小規模な社殿ながら、檜皮葺の屋根や均整のとれた姿、軒下の木組みなどに、中世の神社建築の特徴を見ることができます。

大笹原神社境内に鎮座する篠原神社本殿。「餅の宮」の名でも親しまれています。


篠原神社の歴史

篠原神社本殿については、応永三十四年(1427)に関する記録が伝えられています。

資料によって、この年について本殿の「再建」とする記述と「葺替え」とする記述があり、その表現には違いが見られます。

その後も修理を重ねながら守られ、現在まで室町時代の建築を伝えてきました。

明治初期の記録にも、大笹原神社の境内社として篠原神社の名が記されています。

現在も大笹原神社本殿の近くに鎮座し、長い年月にわたり地域の人々によって守り伝えられています。

鳥居の奥に鎮座する篠原神社本殿。


室町時代の建築を伝える本殿

篠原神社本殿は、**一間社隅木入春日造(いっけんしゃ・すみきいり・かすがづくり)**の形式をもつ社殿です。

屋根は檜皮葺で、正面には階段を設け、その周囲には高欄付きの縁がめぐらされています。

建物は小規模ですが、各部の構成がよく整い、全体として均整のとれた姿を見せています。


篠原神社の内部構成

平面図を見ると、正面側に外陣、その奥に内陣が設けられていることが分かります。

【篠原神社 平面図】

篠原神社の社殿内部は、正面側の外陣と、その奥の内陣に分けられています。

外観だけでは分かりにくい内部の構成も、平面図とあわせて見ることで、この本殿の特徴をより理解することができます。


檜皮葺の屋根

篠原神社本殿で特に目を引くのが、檜皮葺の屋根です。

側面から見ると屋根の曲線がよく分かり、正面側へ大きく張り出した軒とあわせて、小さな社殿に力強い印象を与えています。

側面から見る篠原神社本殿。檜皮葺の屋根と軒の形を見ることができます。

屋根の頂部には鬼瓦が据えられています。

篠原神社本殿の鬼瓦。


軒下に見える木組み

本殿を近くから見ると、屋根を支える軒下にも多くの木材が組み合わされていることが分かります。

柱の上に複数の部材を重ねて組み、張り出した屋根を支える構成となっています。

遠くから本殿全体を見るだけでは気付きにくい部分ですが、近くで見ると、木材を細かく組み合わせて建物を形づくっている様子を確認することができます。

篠原神社本殿の軒下。細かく組まれた木部を見ることができます。


小さな社殿に残る意匠

篠原神社本殿には、屋根や軒下だけでなく、階段、高欄、建具などにも細かな意匠が見られます。

小規模な社殿の中に各部がよくまとめられており、全体として整った姿をつくり出しています。

また、長い年月の中では修理も重ねられており、現在私たちが目にする本殿の姿も、歴代の人々によって守り継がれてきた結果です。


「餅の宮」

篠原神社は、古くから「餅の宮」の名で親しまれてきました。

大篠原周辺では良質のもち米がとれるとされ、篠原餅と呼ばれる餅も地域の歴史の中に伝えられています。

こうした餅との結びつきから、篠原神社は現在も「餅の宮」と呼ばれています。

建物としての価値だけでなく、地域の暮らしや食文化と結びついた信仰が伝えられていることも、篠原神社の特徴の一つです。


大笹原神社境内に残る中世建築

大笹原神社の境内には、国宝に指定されている大笹原神社本殿と、重要文化財に指定されている篠原神社本殿が残されています。

二つの社殿は規模も建築形式も異なりますが、ともに長い年月の中で修理を重ねながら守り伝えられてきました。

篠原神社本殿は、小規模ながら室町時代の神社建築の姿を今に伝える貴重な建造物です。


現在まで守り伝えられてきた篠原神社

室町時代から長い年月を経た現在も、篠原神社本殿は大笹原神社の境内にその姿を残しています。

社殿そのものだけでなく、「餅の宮」という呼び名とともに、地域の歴史や信仰も受け継がれてきました。

大笹原神社へ参拝された際には、国宝本殿とともに、境内に静かに鎮座する篠原神社本殿もご覧ください。